台日半導体協力の機会と課題

甘利明でございます。ようこそ、お越しいただきました。
私が九州の熊本を訪れますと、一番尋ねられるのが「TSMC(台湾積体電路製造)は第3番目の工場をいつ着工するんですか?」という質問です。TSMCにその質問をぶつけると、返ってくる答えは一つです。「お客さんが見つかり次第です」と。
北の果て(日本)では、ラピダスがTSMCに追いつくため半導体の製造工場を作っています。ラピダスの話が出ますと、半導体の関係メディアから「お客も見つからないのに、ラピダスを作って大丈夫ですか?」という質問が来ます。
今、世の中はDX、デジタルトランスフォーメーション。つまり、アナログ社会がデジタル社会に歴史的に転換していく時なのです。デジタルトランスフォーメーションというのは、社会全体がデジタルで動く、社会全体がデータで制御される。そういう世界に全く変わっていくということです。世界中の工場がデータを集めて、そのデータに基づいて日々改善が行われ、そのデータに基づいて新しい動きが始まっていく。データ駆動型の産業に変わっていくわけです。
つまり、あらゆる産業が半導体で駆動されるわけです。私の地元の市役所も生成AIを導入しました。これからは人間がやっている窓口処理は、すべてAIがよりスピーディーに、より正確にやってくれるわけです。産業界だけじゃなくて、医療の世界も半導体が入ってきます。東京にいる名医が、500キロ離れた離島の患者を手術できる時代も間もなくやってきます。
今までは半導体は電化製品を動かすだけの役割でした。これからの半導体は、社会のすべてをオペレートしていく役割に変わるのです。TSMCの第3工場は「お客が見つかったら」着工し、ラピダスは「お客さんは本当にいるんですか?」と言われますが、これからの世界は「半導体のお客さんしかいない」世界に変わっていくのです。
米国のアリゾナにやっとTSMCのハイエンドの工場ができます。そこの生産の歩留まりは、どうやら台湾本社よりも高くなるらしいという話が入りました。そんなはずがない。なぜそんなことができる? それは、1300人の関係オペレーターを全員、台湾からそっくりアリゾナに持っていくから、という回答でありました。台湾人だけでアリゾナの工場を動かしていたら、トランプ大統領は必ず「アメリカ人を雇え、生産ラインは全部アメリカ人に変えろ」と要求してくるはずです。しかしアメリカ人に変えた途端、生産は止まります(会場笑い)。
ラピダスはハイエンドを作って、TSMCに追いついて、一緒に新しい時代を築こうと考えています。そのための人材は、かつての日本のトップ100人の技術者を世界中から呼び戻して、さらに、IBMのニューヨーク・アルバニーの研究所で半年間、一年、特訓をして、初めて使いものになるのです。アリゾナ大学は、アメリカ一の半導体の大学だそうです。TSMCはアリゾナ大学とコラボレーションをして、人材を一生懸命育成していく。おそらく、エンジニアやテクニシャンは、ある程度できるかもしれませんが、ラインを動かす作業員はどうするのでしょうか。アメリカの製造ラインの作業に携わる方々、一生懸命やっているのは分かりますけれども、金曜になると、昼から時間が気になります。もう帰らなくちゃ。5時になった。まだ自分の仕事を片付けなければ、区切りはつかない。いやいや、5時だから、さようならってみんな帰ります。自動車のラインはそれでも動くかもしれません。しかし、ハイエンドの半導体のラインは、それでは絶対動かないのです。
私はTSMCの工場のオペレーションを勉強するたびに圧倒されます。本当にこの企業に追いつくことができるのだろうかという思いにさいなまれます。いま、ハイエンドの製造ラインはTSMCしか動かせないのが現状です。インテルも7nmから5nmに入ったあたりで、TSMCにはついていけなくなりました。サムソンもおそらく5nmまでです。それより先は、TSMCについていけません。2nmから1.4nm、そして、最先端のAI半導体に、製造が進化をしていきます。TSMC以外に、これができる企業が世界中に一体あるのか。
TSMCは台湾の誇りであり、安全保障の要かもしれません。しかし、考えてください。半導体を設計する会社は今はNVIDIAですけれども、ブロードコムとか、あるいはGAFAM(Google、Apple、Facebook=現Meta、Amazon、Microsoft)の設計部隊とか、NVIDIA一強から崩れていきます。今までは上流がサプライチェーンを支配してきました。具体的に言えば、NVIDIAがサプライチェーンを支配し、NVIDIAの利益率は80%です。8割が利益。これ、反則じゃないですか。
設計・開発する会社はどんどん増えていくでしょう。でも、それを作れる会社が、ファウンドリーが一社しかないとしたら? サプライチェーンは上流が支配する世界から、実は下流が支配する世界に変わっていきます。これから設計をする世界は、特定の産業界専用のAI、特定の企業専用のAIと、カスタマイズが進んでいきます。カスタマイズ化がどんどん進んでいく中で、たった一社しか受けることができない。しかし、世界のカスタマイズを一社で受けることが不可能です。ということは、これがDX社会の世界の最大のリスクになっていくわけです。
だとしたら、TSMCと共同して、それとほぼ同じか、それに近い技術力を持ってカスタマイズを受けられる会社、ハイエンドを受けられるファウンドリーは二社ないと、世界全体のリスクになってしまいます。我々がラピダスを創設したのは、世界のDXを支えていくファウンドリーとして、TSMCとラピダスがいることによって、サプライチェーンが安定をし、世界のリスクが減少し、そして、自由と民主主義と法の支配、これを基本的な理念とするチームが、世界を安定する基盤となっていくからです。
トランプ大統領は、主な製造業はアメリカの国内で、サプライチェーンを完結させたいと思っています。なぜ、世界は貿易を振興してきたのか。そして、貿易の取扱量が増えるのと一緒に、なぜ世界のGDPは伸びてきたのか。その理由は、一番品質が良くて、安いものを組み合わせてものが作れる。これが貿易だからです。アメリカの中で全てを完結させるという考え方は、実はアメリカ人は一番安くて品質の良いもの、その集合体としての製品を使えなくなる。つまり、損な買い物をするということになります。
トランプ大統領は、宇宙政策とAI政策を一番大事な柱にしたいと言われています。ハイエンドの半導体、なかんずくAI半導体がなければ、AIは動きませんし、ロケットも飛びませんし、ミサイルの制御もできません。その半導体は数百の企業が集まり、数千の工程を経てできあがる製品です。一つの国の中で、この数百社、数千工程の生産物を作り上げるということは、全く不可能です。アメリカは設計・開発が得意です。そして、製造ラインを作る製造機器は、アメリカと日本とオランダで世界の8割以上を占めています。材料は日本が55%、そしてハイエンドの最も最先端のロジック半導体の94%は、台湾が作っています。得意な者同士がコラボしてサプライチェーンを形成しないと、いい製品はできない。そのことをどうトランプ大統領に理解をさせるか、ということが、この半導体の世界の一番の課題です。
アメリカは得意な設計を、そして日本は得意な製造装置と、得意な材料の貢献をしていく。そして製造現場はTSMCや日本がサプライチェーンを形成して、いい製品を作っていく。半導体の製造工程は、どんどん厳しくなっていく。どうやってベストなコラボを、そして情報漏洩や政治流用されない安定的なサプライチェーンをどうやって作っていくかというのが現代の課題です。
半導体の世界で、二つの大きな変化が起きています。一つは、上流がサプライチェーンを支配するのが、実は下流がサプライチェーンを支配する時代がやってくるということ。そして、これからを支配する製造のファウンドリーの世界でも、大きな変化が起きています。今までは付加価値は前工程が作りました。つまり、微細な加工をどれだけ早く正確にできるかが付加価値の勝負でありました。しかし、そういった進化の法則、ムーアの法則(半導体集積回路の集積率が18か月で2倍になるという経験則)が、急激にスピードを落としています。10Nmから5Nmに行くスピードはムーアの法則かもしれませんが、3nmが2nm、2nmが1.4nmになるスピードはドーンと落ちていきます。それだけ、技術開発は難しくなっていくということです。
しかし、これからは後工程、いわゆるパッケージング、3D積層、今まで平面につないでいったのを立体につないでいくとか、あるいはチップレット、機能の異なる半導体を組み合わせて優れたチップを作る。つまり、後工程が付加価値を高めていくという時代に入っていきます。ここは日本の得意分野です。そういった中で、日台がどうコラボしていくか、一番
世界にとって貢献していく、世界の安定と発展に貢献していくというコラボの仕方を見つけていかなければなりません。
当面、AI半導体のサーバーであるとか、あるいはデータセンターが圧倒的に足りなくなります。台湾はおそらく電力がもう目一杯だと思います。そこで日本も目一杯なんですが、稼働予定の原発がたくさん控えています。例えば中部電力の浜岡原発、新潟の柏崎刈場原発、あるいは北海道の泊原発とか、これらが動き出しますと、かなりの余裕は出てきます。そこで台湾と連動して、必要なAI用のデータセンターをつくるというのも協力の一つにはなるかと思います。
最後に1点。いま、生成AIで過烈な競争が起きています。オープンAIのChatGTP、そしてオープンAIのチームから離脱したチームがつくっているAI。そしてGoogleが参戦しているGemini、あるいはイーロン・マスクのX、ザッカーバーグのメタが参戦しています。つまり、時価総額が100兆、200兆円の企業が潰し合いをしているわけです。
間隙をついて業績を伸ばしているのが、中国のディープシークです。中国は何をしようとしているかというと、ディープシークを世界のみんなが使うインフラにしようとしているわけです。中国は政権の言うことを聞かないインターネットをやめて、自分らで制御ができる第二インターネットをつくろうという提案をして、却下された過去があります。ディープシークとChatGDPなどのアメリカ勢を比べてみましょう。使用料はディープシークの方がはるかに安いです。もう一つ、生成AIを使ってデータを入れて出てきた成果についての使用権は、ディープシークは「どうぞ、お使いになっている人の自由です」。しかし、他のアメリカ勢は使用料が高いし、生成結果についての使用権は自分にあるから「あなたが使いたかったら使用料を払え」というのが現状です。
使用料がはるかに安くて、出てきた成果の使用権を使っているユーザーに与えてくれる、そっちがいいに決まっています。そうすると、その使用者がどんどん増えていきます。データは全部中国に行きます。しかも、企業や研究者がディープシークに対していろいろと指示を出す、質問をする。企業や研究者にしてみれば、自分が何を開発することを目指して、いろいろな投げかけを生成AIにするわけであります。そうすると、ディープシークの方では、この研究者・企業が、どういう開発を、どういう発明を目指してやっているのかが推測できます。そうすると、研究の先取りもできるわけです。ディープシークが世界のインフラになった瞬間に、すべての国は生殺与奪権を中国に握られます。なんとかみんなで、リスクのない生成AIをつくるために、連帯をしていきたいと思います。
ご清聴ありがとうございます。